第一回世界探検旅行 (菅野力夫)

大正2年(1913)2月〜大正3年(1913)2月
シンガポール・スマトラ・マレー・タイ・ビルマ・インド・(ベルジスタン)バングラディシュ・パキスタン

菅野力夫第一回世界探検旅行   菅野力夫第一回世界探検旅行
     
菅野力夫第一回世界探検旅行   菅野力夫第一回世界探検旅行
     
菅野力夫第一回世界探検旅行    
     
     
菅野力夫第一回世界探検旅行
     
     
PHOTO
NewsPaper

シンガポールの日本語新聞
「南洋週報」と「南洋新報」
菅野力夫が保存していた新聞の中で最も日付の古い(大正二年)ものである。
ここでは「漫遊者」と表現されており菅野力夫のキャッチコピーである「世界探検家」はまだ使われていない。記事中の「石坂秀三郎」とは船中でたまたま一緒になっただけのようで、その後、行動を共にした形跡はない。


菅野力夫の漫遊を報じる新聞

南洋週報(発行人:建部隆喜)
大正二年二月二十七日 第十七号

●長髪の漫遊者
日本衣に短袴を穿ち書生用カバンを肩より長く掛け履はきにて頭は蓬々たる長髪に中折帽子を冠むり頗る異様の風装にて揃ひも揃ひし二人連れなり 市中に屡々見受くるものはこれ亜細亜洲漫遊旅行者菅野力夫 石坂秀三郎の両氏にして一昨年日本出○に来朝鮮支那台湾を巡遊し当地に来たり 都ホテルに滞在中にて日々前記の風装にて市中を巡覧し著名の内外人を子細に訪問し頗る熱心に調査研究中なり 意気旺盛にて大に成すあるの青年らしく これより半島及南洋諸島の巡遊をなす計画なる由 海国の健児 多幸なれ

新嘉波ノースブリッチロード八七三
発行所 南洋週報社


南洋新報
大正二年廿二日 土曜日 第三百二十三号

●亜細亜漫遊者
菅野力夫、石坂秀三郎二氏は亜細亜大陸及南洋諸島の漫遊を思立ち一昨年東京出発満鮮、支那内地、台湾巡歴の上香港を経て十九日着星目下都ホテルに宿泊中近々彼南を経てスマトラに向ふ筈なりと

新嘉波ビクトリア街第三七七号ノ一
印刷兼発行人 福山宇太郎